先月号のコーナーが好評だったと聞き、嬉しく思う。私にも二人弟子がいるが、二人が私の記事の切り抜きを持ってわざわざ顔を見せ、「大変分かりやすかった」との言葉を残して行ってくれた。
 非常に励みになる出来事だった。二人の弟子にはこの場を借りて礼を言いたい。

 さて、今回も前回に引き続き、物理の概要を見ていこう。
 勿論今回もまだ詳細な原理等には入らない。まずは物理に興味を持ってもらうことが第一だと思う。

 物理というと、それだけで拒否反応を起こす者も多いらしい。
 しかし、決してとっつき難い学問ではない。

 我々は普通の人間よりも身近に物理理論を感じることが出来る。勿論、我々聖闘士は……いや、海闘士も冥闘士も、神々の時代から小宇宙を爆発させる術を知っていた。
 だが、科学が発展した現在では、自分達の技の構造を理論的に理解することが可能になったのだ。
 当然、構造を理論的に理解していれば改善点や弱点の解明も効率的に行える。
 しっかり原理を理解し、各々の技の研鑽に生かして欲しい。




アクエリアス・カミュの
「これだけは教えておきたい
学術基礎 〜物理〜



 勿論、物理と言っても我々は物理学者になるのではない。ただ、攻撃・防御のときに関連する理論が分かっていれば十分なのだ。
 少しは気が楽になっただろうか? 構えずに読んでもらえたらと思う。


 では、聖闘士の闘法の基本について、どのように物理と関わっているのかを見ていこう。


 まず、闘う上で重要なのは何だろうか。
 すぐに思いつく点は「力の強さ」と「スピード」ではないかと思う。
 私が、訓練に入ったとき、最初に弟子に聞いた質問がこれだった。氷河よ、アイザックよ、覚えてくれているだろうか?

 ちなみに、私が彼らに、会ってまず最初に聞いた質問は「何故聖闘士になるのか」という点だ。
 これは物理とは全く関係がないが、是非聞いておくべき点だと思う。
 私の二人の弟子はこの質問について……いや、すまぬ。
 弟子の話になると、つい時間を忘れて話してしまう。この点はミロにもよく注意される点なのだ。気をつけねばなるまい。
 
 ……もっとも、弟子とは可愛いもの。
 まだ弟子を持ったことのない諸君は、この機会に是非、弟子を持つことを勧める。勿論、私のように弟子に恵まれることは限りなく奇跡に近いのかもしれないのだが。


 すまない、またさりげなく弟子自慢をしてしまった。本題に戻ろう。

 どこまで話したか。そう、「闘う上で重要なもの」。
 私の弟子は、思い返せばアイザックが「力の強さ」を挙げ、氷河が「スピード」を挙げた。
 よく覚えていると思われる方がいるかもしれないが、弟子のことは他の何を忘れても覚えているものなのだ。
 何しろ可愛い。
 しかもこの二人は非常に出来が良かった。二人に言わせれば「師の教え方が良かった」とのことだが、実質的には私の教え方も悪くはなかっただろうが、それにも増して二人の資質が素晴らしかったことを特筆したい。
 私は、この二人の他にも何人もの弟子を取ったが、すぐに辞めてしまった者、逃げ出した者も多かったのだから。

 また話がずれてしまった。
 そう、「力の強さ」と「スピード」。

 しかし実はこの二つの答えでは完全ではない。勿論良い点を突いていた。さすが私の弟子。
 だが、物理的にいえば、「力の強さ」は「スピード」を含む概念であり、「力」自体に攻撃性はない。



 私達の最終目的は、いかに敵に攻撃を仕掛けるか。そしていかに敵からの攻撃を防御するか。
 この二点に尽きる。


 そのために必要な要素とは「力」「運動量」「加速度」「速度」「変化」及び「質量」「時間」である。


 ここでいう「力」とは、単に腕力の大きさを意味するのではない。
 勿論、通常の人間が身体一つで闘う場合であれば腕力をそのまま「力」と言い換えてもいいかもしれない。
 だが、超人的な技を揮うためには、腕力だけに頼ってはいけない。ここで小宇宙の存在が「力」に大きく寄与するのだが、小宇宙については、本マガジンの別ページでムウが解説してくれているので私は割愛する。

 我々聖闘士にとっては、小宇宙によって定まる、「物質を構成する原子と分子を破壊する力」、又は「分子の動きを止める(凍結させる)力」等の大きさが、「力」なのだということを、賢明なる読者諸君は既に理解してくれているだろう。

 勿論、この話をしたとき、我が弟子は、英明にも理解し、頷いてくれたものだった。
 そのときちょうど雪が降り出し、私達は最初の訓練をここまでにしたのだ。
 覚えているか、氷河?
 あのとき、お前はまだ7歳。そしてアイザックは「先生はまだ慣れない氷河についていてあげて下さい」と優しいことをいい、シチューを作ってくれたのだった。
 そのときのシチューにはラム肉が使ってあったのだが……初めてラムを食べる氷河には、少々ラムは癖がありすぎて、食べるのに四苦八苦していたな。


 少々話がずれたが、ここまでは理解して頂けただろうか?
 なんとなく、で構わない。
 これらの関係については、またこれから数回に分けて説明していく。
 

 ではまず、「速度」について付言しよう。これは私の愛弟子、氷河が一番に挙げた答え「スピード」そのものである。

 聖闘士を例に取ると、基本的に白銀聖闘士は「音速」の動きを、そして黄金聖闘士は「光速」の動きを持っている。

 基本編の間は、光速については検討を加えない。もっと上級編になったら光速の動きについて話をするつもりでいる。

 というのも、光速からは適用される物理の原則が変わるのだ。変わる、というと語弊があるだろうか。
 音速までは「ニュートン力学」の適用で十分だが、光速からは「相対性理論(一般相対性理論と特殊相対性理論に分かれる)」に基づく検証の必要があるのだ。「ニュートン力学」の適用範囲は非常に制限されていると言い換えることも出来る。

 更に説明を加えれば、ニュートンは時間と空間は絶対的なものと捉えているが、アインシュタインは時空は絶対的なものではなく物理的な対象と考えたわけだ。
 正確には、独立に存在すると考えられていた時間と空間が、実際はローレンツ変換によって入り混じることを特殊相対性理論というのだが。これにより物理学の扱う空間は3次元から4次元の時空となり、物理法則も修正を受けることになった。

 
 もしや、眠くなってしまっただろうか?
 実は私も、この説明を最初に弟子にしたとき、アイザックはまるで催眠術にでも掛かったかのように熟睡し始めたのを良く覚えている。
 何しろここは最初の導入部分。この部分の講義を受ける弟子にしてみれば、聖闘士となるべく訓練地に来たばかり。環境が変わったばかりで夜も良く眠れていない場合が多い。

 師としては、その点を十分に汲んでやり、分かりやすい講義を心がけたい。
 というわけで、今回はまだまだ導入の基本編であるため、難しいことは割愛して分かりやすい説明に戻ろう。


 つまり、光速の動きは音速までの動きとは別次元のものだと認識してもらえれば、現代階では十分だ。
 勿論、我々の技が持つ速度もまた、小宇宙の大きさに比例する。

 通常の物理では考えない「小宇宙」の存在が、少々物理の基本をややこしくしている感は否めないが、物理が全ての論理の基本であることは間違いない。


 さて、それではこの導入部分を、いかに自らの弟子に伝えるか。
 弟子に催眠術をかけてしまうことなど論外だからな。
 それが本講義の最後の焦点だろう。


 冒頭でも述べたが、物理と聞くと拒絶反応を示す者が多い。
 だが、物理は技の基本であり、理解なくして技の完全なる習得は望めない。

 いかに弟子に興味を持ってもらうか。
 ここで物理の重要性を弟子に理解してもらえなかった場合、その弟子は興味を持って物理に取り組むことがなくなる恐れがある。


 まずは物理と闘い方の基本が深く関係していることを、分かりやすく伝えることだ。 

 では、最後に私の場合の事例を話して、今回の説明を終えよう。
 私も上記の通り、アイザックにこの導入部分を話したときには、私の説明は非常によく効く催眠術だった。
 だが、その失敗を踏まえ、氷河の時には分かりやすい説明を行うことに成功し、氷河は眠らずに最後まで私の説明を聞いてくれたのだ。

 その秘訣をここに公開しよう。


 まず、失敗談としてアイザックのときの話を紹介しよう。
 アイザックのときには、私は早朝のうちに早起きして雪だるまを作っておいた(注:私の修行地はシベリアであることを付記しておく)。

 修行のとき、この雪だるまの前に連れて行き、アイザックに問うたのだ。

 「ここに敵がいる。闘う上で重要なものは何だ?」と。


 この場合、敵は動かない。アイザックは「力の強さ」と答えたがこの答えは至極当然だった。相手は動かず、力を加えれば雪だるまは壊れるのだから。

 そして外で5時間ほどかけて熱心に上記の説明をしたのだが、途中吹雪になってしまったことに気付かず、アイザックはその中で眠ってしまい、あわや凍死、というところまで行きかけたのだ。


 このカミュ、あれは最大の失敗だったと今でも深く反省している。あとから良く考えれば、あの吹雪の中で私の声がアイザックの耳に届いていたかどうかさえ、怪しいものだ。
 何しろ私がふと気付いてアイザックを見てみれば、一つだった雪だるまが二つに増えていたのだからな。

 一つがアイザックだと気付くまで、2秒ほど掛かってしまった。
 


 さて、今度は成功例だ。
 私が氷河にこの導入部分の話をしたのもまた、シベリアだった。だが、今度は「仮想の敵」ではなく、「攻撃そのもの」を用意した。
 すなわち、アイザックに頼んで氷河へ向かって氷や雪の塊を投げてもらったのだ。


 その上で「今お前は攻撃を受けている。闘うために必要なものは何だ?」と問うたのだ。
 その結果、氷河は「スピード」と答えたわけだ。


 勿論、私は前回の反省を活かし、説明の間も、アイザックに対して「攻撃の腕を緩めるな」と言っておいた。氷河は当然、それを交わしながら私の説明を聞いていたわけで、眠る暇はない

 最後、私が「わかったか?」と確認したとき、氷河は息を切らせ、興奮した様子で「分かりました!」と答えたのだ。

 そしてそのとき、ちょうどいいことに雪が降ってきて、我々は訓練を終了したのだ。あの時食べたアイザックのシチューの味は、おそらくこのカミュ、永遠に忘れまい。


 参考になっただろうか。
 なお、前回も最後に述べたが、私の二人の弟子は、現在白鳥座の青銅聖闘士、クラーケンの海将軍として、立派に成長したことを付記しておこう。
 私の経験を参考にして、貴兄らも立派な弟子を育て上げて欲しい。

 次回は導入を終え、運動法則について個別に見ていく。
 初回はニュートンの第一原理及び第二原理を取り上げよう。

 以上


 



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